更新情報・お知らせ
- 2022/02/12
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はたらく車
キャリアカーやトレーラーの事や輸送環境の事を、エースドライバーの苦悩や
あの日の続き--女子ドライバー編-- 
■取り戻したい
荷役作業の研修を受けながら、華子は母親が泣き崩れた、あの晩の事を思い出していた。
もう誰も傷つけない。だから強く、強くなりたいんだっ
私が私でいられるように・・・
あの夜の事はしばらく忘れられないだろう。
幼い頃から女の子らしいものに関心を示さず、ミニカーや自動車のおもちゃばかりで遊んでいた”華子”
そのころ幼児用の大きなキャリアカーを祖父がプレゼントしてくれたのだが、強い興味を見せ、いつまでも遊んでいた。
短大を卒業しOLになった華子だったが、幼い頃の想いはずっと心の中にあり、ついに、その想いを抑えきれなくなっていた・・・
「あの機体にもっと近づきたい」
「あの機体に乗りたい・・・」
溢れる想いは、ついに本当に溢れだす
器に注いだ液体が、注ぎ続ければ、どんどん零れるのと同じように・・・
零れ続けた情熱は行動を伴うもの。
行動に出てしまった証が運転免許証だ。
職場にも両親にも本当の事を言わずに取得した。大型と牽引免許だ。
手に取って見ると、四角くて薄いカード状の物体が眩しくて、眩しくて仕方がない。
一人前のキャリアカードライバーになった気分を味わいながら妄想を膨らませた・・・
■どうしても消せない
品川埠頭まで出掛けては船上げされて中継輸送便のキャリアカーに荷積みされ出発する姿をずっと見ていた・・・
荷役が上手い乗務員も運転が抜群に上手い乗務員も誰なのかは、分かった。
抜群に上手い奴は、なかなか出会えない。そう思っていたが。。。
だけど、そう思っている彼女が、まだまだ全然分かっていなかった・・・
本当の自動車輸送の姿を。
そうだ自動車輸送の本質を・・・
華子の妄想は、どうしも消せない夢の始まりに過ぎなかった。
妄想が鳴らす足音が弾む行先は・・・
消えない消えない味が染みついている知らない世界が広がっていた・・・
■そんな私じゃ見えない
変化なんてそう起きるもんじゃない。
何事もきっかけが必要だ。
より大きな行動を起こすには強い動機づけがいる。
そう、強い動機づけだ・・・
「動機づけ」は行動するための過程を意味している。
これがなければ華子も母親をひどく悲しませる夜を迎える事もなかっただろう。
そう考えれば、何が正しく、何が正義なのだろうか・・・
特に変わり映えしない日々が続く中、華子は業務で空輸されてきた荷物の引き受けと通関手続きで成田空港の貨物地区を訪れた。
特に難しい業務ではないし彼女自身、先輩の補助者で来ているから気楽なもんだ。むしろ普段のオフィスワークから離れて待ち時間は長いが、物珍しい事が目の前で慌ただしく起きているこのフィールドが好きだった。燻蒸と通関許可が降りて荷物が保税上屋から出てくるのを上屋脇で待っていた。制限区域と一般区域を隔てる門扉前でブラブラしながら航空機とハンドリング作業を眺めていると・・・!?
見慣れたあの機体が近づいてきた。
そして門扉が開けられ制限区域に入っていった。積み荷の自動車には全てカバーが掛けられ車種は全く分からない。
制限区域に入ったキャリアカーは荷降ろしを始め、あっという間にパレットに積み込んでトーイング・トラクターで引いていった。。。
「航空機輸送だ・・・」
ここまでの中継輸送も、あの機体が制限区域まで運ぶんだ・・・
それにあの乗務員も抜群に上手い。。。
上手い乗務員・・・
荷役技術もさることながら、アクセルを踏みブレーキを踏むという行為がいつ行われているか分からないような機体の動きをする。まるで電気自動車のように静かで滑らかだ。
ブレーキを使わずに停車しているように感じる静寂感
興味深々で見物していたキャリアカーが制限区域から出てきてフェンスの側に停車した。
恐らくこの場で荷渡し完了の連絡を待つのだろう。ヘルメットを被った乗務員が降りてきてトレーラーの資材などを点検していた。
華子は興味深々な上に物怖じせず他人に声を掛ける性格だから近づいて行って躊躇せず話しかけた。
「こんにちは。飛行機で自動車を運ぶんですね?」
こんな声かけから始まり、またまた躊躇せずに聞きたいことを言った。
「あなたは、エースドライバーですか?」
・・・少し間を空けてからマナーが良さそうな目の前の乗務員が笑いながら言った。
僕なんか全然。まだまだですよ。僕の経歴が外国の要人の車輛を運ぶのに適していたんで人事移動で今の担当なんです。経歴と言っても両親が公務員で僕は教員免許をとったが教職にはなく事故なくトラック運転手をしているので指名されただけなんですよ。
「可もなく不可もない乗務員です」と言って笑って見せた。
華子は更に興味津々だ。。。華子にとってはニュー自動車輸送を発見して、そこに寄せてくるニューキャラ登場で軽く興奮していた。
「もう少し機体に近づいても良いですか?」
機体なんて言葉を使う華子に乗務員はマニアだな。と感じとった。。。
機体に近づくと一段と大きい・・・そして長い・・・圧倒される
これを自分で動かすことを考えると、圧迫される想いがして緊張感が高まる。。。
と、言うことは・・・華子はこの機体を動かす事を考えているのか?
だとしたらかなり大胆な考えだろうが、憧れを、いつか実現するのは普通の考えとも言える。
側にいた乗務員が機体の事を色々説明してくれた。
■キーパーソンの存在
今日は思いがけず憧れのキャリアカーを側で、まじまじと見学する機会があった。帰宅途中も気分が高揚している。
「だけど、自分が知らないことも沢山あるはず・・・」心のどこか片隅に小さな火種があるのを感じていた。
その火種は・・・何?
買い物のため渋谷に向かう途中、そんな事ばかり考えていた。
ただの憧れで終わるのか、夢としていつかは実現したいと思えるのか、必ず実現させるんだと決意できるのか。ものすごく大きな違いだ。。。
スクランブル交差点の人波に身を任せ、幼い頃からの想いが、今日更に大きく、近く、自分を押しつぶす位リアルになっていくのに恐れを感じていた。
『憧れ』や『夢』は、なんとなく概念があいまいでふわふわしたものだと思うが、実現できるなんて考えていないのがほとんどかもしれない。つまりそれは『妄想』の類と同じだ。人はいつも、出来ない事情などが先にたって行動をしないのである。。。
華子もまさに同じ状態だろう。だが本当にそうだろうか?
本当に
用事を終えた華子は軽く飲みたいと思って、祖父の知人が営業している横丁街の方向に歩いていった。途中で店に電話し営業中か確認した。渋谷駅ハチ公口から少し歩く迷路のような路地に昭和レトロな飲食店が連なっている。
こういったところに物怖じせず入り込み、人混みにも慣れているのはさすが、東京っ子だ。大都会の喧騒の中でも自分のペースを守れるのは地の利と言ったところだろう。
店に到着した華子が注文するものは決まっている。。。メニューなんて見ない「もつの煮込」と「鯵のたたき」と「河海老の素揚げ」そして祖父の真似をしアルコール臭い強めの焼酎を小さなグラスでストレートのまま煽ってみた。
「かぁ~効く」この焼酎に合う食べ物なんて無いと思えるほど個性が強い液体だ。ハイボール濃いめを同時に注文し最初からチャンポンするところも祖父の真似だ。
昭和と言う時代を知らないが、昭和ノスタルジーを求める世代と言ったところだろう。
店の老婆が話しかけてきた
「やけ酒というわけでもないね。考え事かい?」
はい。そうなんです。そして煽った焼酎の力も借りて、またまた躊躇なく言った。
「私はキャリアカーに乗りたいっ・・・転職しようと思っているが・・・」
ついに他者に言った。思い切って言ったわりには最後のキレが悪い。。。
「思っているが、色々な事情を考え過ぎてるんだろ」老婆が直ぐに切り返す。そんなことは周りで聞いている常連のおじさん達にも分かる話だろう。「それはでっかいトラックのことだろう?そんな事は、じいさんに聞くんだよ。餅は餅屋だよ。」
そうだ!おじいちゃんか!
彼女の祖父は運送会社に長く勤務し運転手上がりながら、ずいぶん苦労して社長と会長まで務めた叩き上げの運送屋だ。祖父の会社は中小企業ながら業績を伸ばし今や中堅どころの老舗企業だ。最近は運送業も様変わりしデジタルな事はさっぱり分からいと、ぼやきながらも相談役としてまだ出社している。
だが祖父の会社は自動車輸送ではないが・・・そんな風にも考えていた。しかし、こんな話をできるのは祖父しかいない。
カウンターの焼酎を煽って、また考えていた。
華子の様子を見て、老婆がまた声を掛けた「じいさんも最近は焼きが回ってきたかい?」
最近はゴルフに行っていないので日焼けはしていません。。。
・・・少し間を置いてから、どよめくような笑い声がおきた。
なにがおかしいのか分からないままその日は店を後にした。
週末に祖父の自宅に行く約束をしたので、当日は午前中のうちに浅草まで行き、おばあちゃんの好きな草団子を買いにいった。有名老舗は早くに売り切れるので意外と時間を気にしてしまった。祖父は相変わらず会っただけで安定感を感じる雰囲気をもっている。気配りもできる老人だ。少々の事では動じない印象を幼い頃から抱いていた。3週間に一度は散髪にいくほどで小綺麗な身なりだ。歳をとって引っ込むつもりはまだないようで、後ひと山、ふた山超える気概を常にもっている。
頼れる祖父であったが、今回の話はさすがに切り出しずらかった。。。
恐る恐る話始めた。。。
「キャリアカーに乗りたいの。転職を考えている。免許もとった・・・」
第一声を放ったが、それ以上の事を見透かされている感じだった。
祖父は聞く力が高い、合槌を必ずとりながら人の話を聞く。少しは驚く表情を見せるが、驚いてはいないのだ。
「それで迷っているのか?」
華子は言った「迷っていると言うか色々と・・・」
「ハハハハッそうか、そうか。と言う事は、お前は自分が何を言ってるのか十分理解できる程成長したって言うことだ。これは凄い、事情を考慮し周りの人間に配慮できるんだから大したもんだ。その色々って言うやつを抜きにして自分の想いを聞かせてくれ。」
「さあ、聞かせてくれ。そこには夢や希望はあるのか?どんな仕事をするんだ?」
なぜか緊張感がはしる・・・
そして華子が静かに話だした。。。
近づいてみると、一段と大きい。そして長い。自分があれを動かすんだと思うと押しつぶされそうな程圧迫される・・・だけど、
私はキャリアカー・ドライバーになりたいんだ。
・・・
凄く上手なドライバーと、そうでもないドライバーの違いは私でも分かる。上手なドライバーは、電気自動車のような動きをし、ブレーキも踏んでいないように見える。荷物も全く動かない・・・次元が違うと思う、それに数日前成田空港で話しかけた、その次元が高いように思えたドライバーは「自分なんかまだまだで、エースドライバーは別にいる」と言っていた。
「私は、その領域に行ってみたい!」
少しの沈黙が続き祖父が話し出す。
仕事に対する不安もあるが、思い切って踏み出せないのは、母親だな?
多分、いや絶対反対で、華子の決意が固い事を知ると取り乱すだろう・・・それを一番心配して悩んでいるんだよな。決して色々な理由じゃないと思うぞ。
見透かされているようだ。
華子は今が転機だ、その決意をもっと固めろ。そして古臭い言い方だが、腹をくくれ。母親の反応は全て受け入れろ。そんな事で揺らぐようでは本物にはなれないし、あの機体は決して応えてくれないぞ。少しでも迷いがあるなら、やめた方が良い。
「エースドライバー」の称号は決意した者にしか与えられない。絶対そうなると、決める事が重要だ。
話は短いが、相変わらず本質を突いている。
華子も決意を固める事と、勿論母親に話す決意も固めようと決めた。